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2001年1月25日:本田宗一郎物語(第36回)

  本田宗一郎物語(第36回)

「さち、こいつを見てくれ」
「あら、この前の湯たんぽが・・・」
「まあ、見てくれはよくないがな」
「自転車に湯たんぽ、それにエンジンもくっついているようですね」
「そうさ、こがなくてもいい自転車だ。お前のために弁二郎と作ったんだ」
「え?……わたしが乗るんですか? これに?」
「そうさ。これで買い出しも楽になる。美味いものをたくさん買ってきてくれよ」
「これまで以上に、買い物に行けという意味ですのね」
「アッハハハハ、まあ、な」
 さちは、思わず夫の顔を見た。人様の前ではいつも陽気でよくしゃべる宗一郎だが、身内の前では意外なほどテレやである。そんな夫の、気持ちが十分が理解できて、さちは嬉しかった。
「弁二郎と十分テストはしてある。大丈夫だ。これで坂道も楽になるだろう」

 自転車に、旧陸軍の通信機用エンジンに、湯タンポ。寄せ集めの材料を使ったモーターバイクが、さちの運転で浜松の町を走り回った。
 買い出しに出かけるさちの負担は、飛躍的に軽減した。しかも、エンジン音を響かせてさっそうと街路をゆくさちの姿は否応なく目立ち、一度でも目にした人たちに強烈な印象を刻んだ。浜松の街で、さちは"バタバタのおばさん"としてたちまち有名になった。
「楽ちんそうだなあ、自転車をこがなくていいんだからな」
「腹も減らねえし。商売の能率も上がるわな」
「オレも思いきって一台買うとするかな」
 人力の不要な交通機関は、宗一郎のにらんだ通り、人々にとって重宝きわまるものであった。評判は評判を呼び、本田技術研究所には全国から注文が殺到した。五台、十台とまとめて買い付けに来る卸商もいる。宗一郎は十二人もの従業員を新たに雇い入れ、連日フル操業を続けた。それでも注文に応じきれないほどの人気だった。

 この時期、ひとりの若者が本田技術研究所を訪ねている。宗一郎が聴講生として通った経験のある浜松高等工業学校の後身、浜松工業専門学校の卒業を翌年に控えた、宗一郎には後輩にあたる若者であった。
 ピストン・リングの素材に関する知識を得たいという明確な目的を持ち、学校には真剣に通った宗一郎だったが、不必要だと思った科目には出席せず、試験には一切応じなかった。そのため結局は退学処分となったのだが、その後も宗一郎は学校に顔を出し、これはと思う講義には懸命に耳を傾けた。
「黙認してくれた先生たちには今でも感謝しているよ。おかげで、自分の仕事に必要な学問だけは効率よく吸収できた。それも月謝なしでな」
 往時を懐かしむ宗一郎に、若者は熱弁をふるってみせた。
「学問や知識というのは、社会に役立てて初めて意味を持つと思うんです。本田さんの作っているバタバタ、失礼しましたモーターバイクは、まさにその結晶です」
「ああ、バタバタという名の方が似合っているな。だから気にするな」、そう言いながら、宗一郎はこの若者に関心した。
 そんな宗一郎に力を得たように、若者は身を乗り出して続けた。
「交通事情がひどい今の世の中で、あれがどれだけみんなの役に立っているか。技術とななにか、商売とはなにか、僕は考えさせられました。僕も自分の知識を生かしたいのです。どうか、弟子にしてください。お願いします!」
 若者を一目で気に入り、その熱意に圧されながらも、宗一郎はあえて言ってみた。
「うれしい話だがな、ご覧の通りのオンボロ工場だ。給料も満足に払えるかどうかわからないぞ」
「けっこうです。自分の食べ物ぐらい自分で調達できます。僕にはわかるんです。本田技術研究所は、日本一の会社になるのがです。僕にもチャンスをください」
「うれしいこといってくれるね。名前はなんてんだい」
「河島喜好です」
「わかったよ、河島くん。そうと決まれば、学校の暇を見て明日からでも顔を出してくれ。さっそく手伝ってもらいたいことがある」
「はいッ」
 河島くん、と宗一郎に呼ばれ、眼を輝かせて応じた若者こそ、のちに宗一郎の後任として本田の二代目社長となる、河島喜好その人であった。

 モーターバイクの売れ行きは好調を続けていたが、宗一郎は次の一歩を考えていた。正確には、考えざるを得なかった。旧陸軍の通信機用エンジンは、いずれ底をつくことがわかっていたからである。
 では、どうするか。
 自問するまでもなく、結論は明白であった。エンジン製造に着手する。他には手段も、また宗一郎が挑んでみたい道もなかった。エンジンの試作品はすでに完成していた。あとは資金だ。エンジンの設計図を鞄に入れると、宗一郎は故郷の光明村に足を向けた。


2001年1月26日:本田宗一郎物語(第37回) につづく


参考文献:「本田宗一郎物語」宝友出版社、その他

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